「タイル資料館」へようこそ!
わが街笠原町は、美濃焼の産地多治見市内に位置し、特にタイルの生産地として大正時代から栄えてきました。
タイルは、戦前の日本近代化、また戦後の復興、高度経済成長期の日本の建築技術の向上とともに発展・普及し、今日では我々の生活の中にしっかり根付いています。
そんなタイルの歴史や現在の姿、新しい進化の方向性などをご紹介したいと思います。
タイルの歴史
世界最古のタイルは、エジプトのピラミッドで発見されたエジプトファイアンスと呼ばれる施釉タイルで、紀元前27世紀ごろのものと言われています。
以降、タイルは世界文明のあらゆる場面に形を変えて登場し、今日の姿になるまで発展してきました。
ここでは、そのタイルの歴史をまとめます。
美濃のタイル〜大正から昭和中期〜
日本のタイルのルーツは、大和時代に中国からもたらされた「磚」であるといわれており、主に敷瓦として寺院建設に使われてきましたが、明治維新以降の西洋文化の流入とともに一般の建築にも取り入れられるようになりました。
美濃で初めてタイル焼成が行なわれたのは大正3年。2つの世界大戦を経て、昭和中期には日本のタイルの一大産地に成長しました。
美濃のタイル〜昭和後期から現代〜
高度経済成長期を経て、日本経済が安定成長期に入ると、タイル業界も大量生産時代から新しい商品、生産技術、工法の開発の時代へと移行してきました。
時代のニーズに合わせ、タイルの様々な機能を付加する努力が日夜続けられています。
タイルの特性・用途
タイルは焼き物としての特性を持つ建材です。
焼き物ゆえ、その成形方法によって様々な特性や意匠性が付加されるため、数ある建材の中でも重要かつ特殊な役割を担うものとなっています。